QUE SERA SERA

Articles & Photographs by YUKA ASHIYA                                   

Articles & Photographs by YUKA ASHIYA

Chapter3 of Visit to Angkor Wat (アンコール・ワット)

P5081316_1_003457カンボジア王国の人口は、約9割をクメール人(カンボジア人)が占めている。その大半が(上座部)仏教を信仰しているといわれるが、アンコール・ワットはヒンドゥー教の寺院である。 壁、柱、天井と、いたるところに彫刻が施してあり、ない箇所を探すほうがたやすいのではないだろうか。ふと、物語「耳なし芳一」が思い出されたほどである。 P5081311_3造りは、先に記した壕と壁に囲まれ、その内側にぐるりと第一回廊、そのまた内側に第二回廊、さらに内側に第三回廊があり、まるで攻め来る敵から王を守るための古城、あるいは要塞のようだ。だが、ここは寺院であり、王の墓である。 第一回廊は東西南北各々の壁に叙事詩や神話、建設したスールヤヴァルマン二世の軍隊絵図、天国と現世、地獄を描いたものなど、全てが彫刻と物語を鑑賞しながら歩を進められるようになっている。                                               P5081353_2残念ながら第三回廊は修復のための工事中で階段を昇ることさえできなかったが、その階段の狭くて急であることに驚いた。正面を向いては昇降できない。横を向いて昇るのが、靴の幅の精一杯である。急であるのは、神々の暮らす神聖な高い山をこれによって表しているからなんだそうだ。 P5081346_2_2 ポル・ポト政権が国内を弾圧したのは1970年代。都市を無人化して国民を農村へと強制移住させ、学校教育の廃止、宗教活動をも禁止させた。禁止させただけでなく、遺跡群にある神像や僧の像などの首から上を壊していった。像全体ではなく首から上だけというところに、特異な残虐性が窺える。                  P5081355_4沐浴の聖池跡にくると、束の間、観光客のいない空間が現われた。目を閉じ耳を澄ますと、そこかしこに砂岩を運ぶ音や彫る音、12世紀の人々が楽しげに寺院を造っている声や鼻歌までもが風に乗って聞こえてきそうであった。                                

Chapter2 of Visit to Angkor Wat (アンコール・ワット)

P5081306111敷地を進んでいくと聖池があり、これによって「2つのアンコール・ワット」を目にすることができた。写真の下方に視線を移すと、「もうひとつのアンコール・ワット」が見える。 最も高い建物は中央塔で、このへんの部分が世            界でも最も広く知られている。                                               

Chapter1 of Visit to Angkor Wat (アンコール・ワット)

P5081288_1世界遺産として著名なアンコール・ワットは、カンボジアの北西部シェムリアップにある。 四方を壁で囲まれ、その周囲に壕が巡らされている。その壕は、「海」を表しているのだそうだ。  P50812902あたりに景観を阻むものは何もなく、壕を渡る参道を真っすぐに進むと西塔門へと辿り着く。ここがアンコール・ワットのエントランスだ。                                P5081291_3なぜ西を向いて建てられたかというと、日本でいうところの「北枕」同様に、死者を寝かせる向きがその理由であるそうだ。「Wat」とは寺院、墓を意味し、12世紀前半頃に建造されたと言われている。午前中は逆光となるが、強い陽射しを背にし            たアンコール・ワットもまた荘厳さを放っている。                                                  

The daybreak in Angkor Wat Cambodia (アンコール・ワットの夜明け)

P5121180アンコールワットの夜明け。 雨期の訪れる直前だったためついぞ朝焼けは見られなかったが、碧く染まる天空に浮かぶシルエットはそれはそれで美しく、 しばし息を呑んで佇んだ。                                                    

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